2011年09月11日

日本人、空気読みすぎてんのかな~?

いきなりの転載、引用で失礼しま~す。

二つのシンクロニシティ~フクシマ対話合宿にむけて~
http://blog.goo.ne.jp/ecomed/e/c642d1f0e4b28a113c6fe717c7ea629c

この中の文章でひっかかた言葉がこれです。



「日本文化で育った私たちが、抑圧されてきたもの、奪い取られてきたもの。
この震災と原発事故が、それを取り戻すきっかけになるのではないか。」


抑圧?
奪い取られた?

そういうことはうすうす感じていたけれど
自覚はしていなかったな~
とおもった。


何を抑圧してきたのだろう、何を奪い取られた(あきらめた)
のだろう?


「慈悲の怒り」上田紀行著
という本を最近読んだ。

そこにも、歴史的に繰り返されてきた過ちについて
書いてあった。

たとえば第二次世界大戦を始める前、日本の内部でおきていたことは
ひたすら空気を読むことだった・・・

当時の国政の重要なポストについていた人達は
ほとんどが、個人的感情としては戦争はしたくなかったと
言ったという。
しかし、公の場では戦争に突入しなければならない空気が
流れていたため仕方がなかったという・・・(絶句)
アメリカと戦争をするだけのまず燃料が足りないことがわかって
いながら、周りの空気に支配されデータをゆがめてまでも
戦争に突入してしまった歴史・・・


上田氏は、この雰囲気は今の福島原発の事故を引き起こした
東電や保安員のありかたと似ていると述べている。


空気を読みすぎなのかな?
日本人というか人類
というか私も!!

う~~ん

たとえば、

仕事を時間内に切り上げたいのに
自分を押し殺して
周りの空気を察して
なかなか帰れないとか

そういう日常のささいな
空気を読む姿勢が(もちろんいい意味で空気は読んだほうがいいとは
おもいますけど、見てみぬふりとか、ほんとうはこっちのほうがいいはずなんだけど言い出せないとか、そういう類の空気を読むはあまりよろしくないのかなと・・・)
かの戦争や
今おきている原発事故に
つながっていたとしたら
ど~しよ~~~~~~~~

というかつながっている気がするのは私だけか?

ならば、やはり世界の変化は
自分の変化ということに
なるんだろうな~

だけれど、どうしたらその
自分自身が変われるのだろうか・・・

自分では気づかずにそうしていることを
他の人の違う視点でみてもらったり
話をすることが必要かもしれないね・・・

個人的感情ってすごく大切だとも思うんだよな~~
あまりにもそれをみな出さないように
押さえすぎてないかしらん。
出さないようにしすぎて感じられなくなってしまうことも
あるかもね~~

フクシマ対話合宿詳細は以下です♪
ただいま参加者募集中!!
私も参加します^^
http://blog.goo.ne.jp/ecomed/e/a53164f149544f8aa3e763061255639d
  


Posted by イルカ at 21:39Comments(0)ひとりごと